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オンライン授業/西ヨーロッパ地域研究A「ラングドック・ルシヨンの歴史と文化」
第6回/6月23日(火)
オード県とエロー県のロマネスク教会(後半)エロー県
(※ページの画像がうまく読み込まれない場合は、再読み込みすると、ちゃんと表示されると思います)
前半では、オード県(Aude)のロマネスク教会について取り上げました。
後半では、エロー県(Hérault)のロマネスク教会について説明します。

⑤サン・ギレーム・ル・デゼール修道院(Saint-Guilhem-le-Désert)

西暦806年、シャルルマーニュ大帝(フランク王国カール大帝)の遠縁で、
トゥールーズ伯にしてアキテーヌ公でもあったギレーム(ギヨーム)が、
この土地に修道院を創建し、隠居して修道士としての生活を送りました。
1076年(1075年とも)にいったん
修道院教会の献納式(工事が終わって神に捧げる儀式)をしますが、
さらに工事は続き、11世紀終わり頃にようやく終わりました。
その後は、巡礼が数多くやって来る巡礼教会として栄えました。
みんなギレームの御利益にあずかろうとしたのでしょうか。
無病息災・家内安全、そして死んだ後は天国へ。
とにかくこの修道院教会は、なんと言っても、その後陣部分が見事なのです。
大きくて、力強く、しかし端正な美しさを保っています。
半円形の後陣の上部を、18の小アーチが連続するロンバルディア帯がずらりと巡っています。

サン=ギレーム=ル=デゼール(2005.3.17)

ロンバルディア帯・18の小アーチの列
2つの窓の回りの柱頭彫刻の文様は「モサラベ(モズ・アラブ)風」です。
「モサラベ」とは8世紀から13世紀まで、イスラームに占領されていたスペインの
キリスト教芸術様式のことを言います。

「モサラベ」風の柱頭彫刻
教会内部(下の写真・左)は、身廊(聖堂の胴体となる主要部分)は、
幅が狭いが高さが高いです。装飾はほとんどありません。
身廊の交差リヴ(天井で交差する骨組み)は、
北ラングドック地方では最古のものと言われています。
この教会の内部は、初期ロマネスクの傑作と言われています。
クロワトルすなわち回廊(下の写真・右)は、2階つきでした。
しかし2回部分はフランス革命時に破壊されました。
教会の身廊の上部まで3層になった壁面の、
ロンバルディア帯(連続する小アーチの装飾)がとても美しいものです。

⑥マグローヌのサン=ピエール=エ=サン=ポール大聖堂
(Cathédrale Saint-Pierre-et-Saint-Paul de Maguelone)


実際に行ってみると、モンペリエからクルマで15分ほどかかり、
地中海沿いの中州のようなところにあります。
そういう意味で、街から離れてかなり不便なところなのですが、
モンペリエが活力のある都市として発展する以前、
12世紀~13世紀には、このマグローヌに司教のいるカテドラル(大聖堂)がありました。
15世紀頃からモンペリエが発展すると共に、マグローヌは没落して行きます。
司教もここマグローヌではなく、モンペリエに居住するようになります。
16世紀には完全にうち捨てられてしまいます。
18世紀のフランス革命によって、国有財産として売却されますが、
19世紀半ばから修復工事が行われ、現在ではコンサートなどのいろいろなイベントが行われています。
現在は、ヴィルヌーヴ=レ=マグローヌというコミューン(自治体)に属しています。

Cathédrale Saint-Pierre-et-Saint-Paul de Maguelone(2005.3.21)
サン=ピエール(聖ペトロ)とサン=ポール(聖パウロ)に捧げられたこのマグローヌの旧大聖堂で
最も有名なのは、付属教会の西ファサードのポルタイユ(扉口)の彫刻です。
わずかに尖頭形となったアーキヴォルト(扉口の上に架かるアーチ)の中のタンパン部分には
4人の福音書記者に囲まれた(伴われた)キリストがいます。
右手で世界を祝福し、左手には聖書を持っています。
その顔は、後世にはめ込まれたためにちぐはぐな感じがしますが、
少しふくよかな顔です。

そのタンパンの下には美しい唐草文様となったブドウのツルの彫刻された
大きなリンテルがあります。
その下には、向かって左側に「聖パウロ」、
また向かって右側には「聖ペトロ」がいます。

パウロ ペトロ
⑦サン=マルタン=ドゥ=ロンドル教会(Église Saint-Martin-de-Londres)

モンペリエの北およそ25キロの村にあります。
「ロンドル」とは南仏方言のオック語で「ルウドロ(沼地)」という意味です。
この地に1088年にサン=マルタン教会建設が始まり、12世紀初め頃に完成しました。
普通、多くの教会では「ラテン十字形」つまり、縦軸の長い十字架の形をしていますが、
このサン=マルタン=ドゥ=ロンドルでは、「三つ葉十字形」の平面プランを持っています。

左の図はプロヴァンスのアレラック(Aleyrac)教会、右はサン=マルタン=ドゥ=ロンドルです。
アレラックは「ラテン十字形」です。縦軸「後陣-身廊」に対して、
横軸は「トランセプト」(翼廊)と言って、左右の腕の部分は四角い形(方形)です。
サン=マルタン=ドゥ=ロンドルは、この「トランセプト」が、
左右ともに円形(正確には半円形)です。
こうした「三つ葉十字形」は比較的珍しいものです。

St-Martin-de-Londres(2005.3.17)
後陣と左右のトランセプトは半円形で、
上部に小さな半円アーチが連続する「ロンバルディア帯」という装飾が施されています(上の写真左)。
この「ロンバルディア帯」というのは、もともとは北イタリアのロンバルディア地方で
12世紀のロマネスク期に流行っていた装飾様式です。
教会の内部は開口部(窓)が少なくて暗いです(上の写真右)。
上の写真は聖堂内の照明をつけているのでまだ明るく見えますが、
照明を消すと、ほとんど真っ暗状態です。
後陣(内陣)の柱頭彫刻(下の写真)は、ロマネスクよりもさらに古い
9~10世紀頃の「プレ・ロマネスク」様式の植物・渦巻き文様です。
非常に素朴ですが、しかし味わいがある文様です。

⑧セスラスのサン=ジェルマン礼拝堂(Chapelle Saint-Germain de Cesseras)

エロー県の西端、オード県との県境に近い場所に位置します。
ロマネスク・ファンの間でもあまり知られておらず、
あるいは知られていても実際に訪れる人は少なく、
人里離れた松林の中に目立たず静かにひっそりと建っています。
しかし、私は南フランスのロマネスク教会の中でも
最も美しく、端正でかわいらしく、そして味わい深い聖堂のひとつであると思います。
見ていて、心が洗われるような気持ちがしてきます。

Chapelle Saint-Germain de Cesseras(2006.3.7)
建設されたのは12世紀(西暦1100年代)です。
ロマネスク様式の後陣を、完璧な形で見ることができます。
半円形の後陣の上部には、2つで1組となった「ロンバルディア帯」が付けられています。
そして1組ごとに、アーチは平たい壁付き柱となって地面まで下りています。

後陣の中央には、黒い帯でアクセントが付けられた細長い採光部(窓)がありますが(上の写真・左)、
まるであたかも「銃眼」を思わせるようなものです。
この細長い採光部(窓)の上の部分(頭の部分)は、
黒い石で縁取りされた一枚岩のアーチとなっています。
また別のアーチのモディヨン(アーチを受ける部分)には
両手を広げた不思議な人物の彫刻が見られます(上の写真・右)。
このように両手を広げたポーズは、「オラント」あるいは「オランス」と言って、
「祈る人」を表したものであるとされています。
このロマネスクの小さな宝石のような聖堂は、19世紀初めまで、
地元の村人たちの礼拝(ミサなど)のために使用されていました。
本日はここまでです。
次回は、ガール県とロゼール県の中世ロマネスク教会を取り上げます。
| 今回は、小コメントなどの提出はありません。 |
※次の小コメントの提出は、第7回の授業の後を予定しています。
| 次回は6月30日(火)の午前中(11~12時頃)に、 第7回目の授業内容をこのサイトにアップします。 http://languedoc.nn-provence.com/ にアクセスして下さい。 |
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【第6回の授業の参考文献】
饗庭孝男『世界歴史の旅/フランス・ロマネスク』山川出版社、1999年。
饗庭孝男『ヨーロッパ古寺巡礼』新潮社、1995年。
柴田三千雄・樺山 紘一・福井 憲彦ほか編著『世界歴史大系/フランス史1・先史~15世紀』
辻本敬子・ダーリング益代『図説ロマネスクの教会堂』河出書房新社、2003年。
櫻井義夫・堀内広治『フランスのロマネスク教会』鹿島出版会、2001年。
馬杉宗夫『ロマネスクの美術』八坂書房、2001年。
アンリ・フォション『ロマネスク彫刻・形体の歴史を求めて』辻佐保子訳、中央公論社、1975年。
アンリ・フォション『西欧の芸術1・ロマネスク』上下巻、神沢栄三ほか訳、鹿島出版会、1976年。
エミール・マール『ヨーロッパのキリスト教美術』上下巻、柳宗玄・荒木成子訳、1995年。
エミール・マール『ロマネスクの図像学』上下巻、田中仁人ほか訳、国書刊行会、1996年。
ル・ロワ・ラデュリ『ラングドックの歴史』和田愛子訳、文庫クセジュ、白水社、1994年。
CLÉMENT, Pierre A., Églises Romanes oubliées du Bas Languedoc, Montpellier,
Les Presses du Languedoc, 1993.
DROSTE, Thorsten, La France romane, Les Editions Arthaud, 1990.
LUGARDE, Jacques, et al., Languedoc romans, Zodiaque, 1985.
RIBÉRA-PERVILLÉ, Claude, Chemins de l'art roman en Midi-Pyrénées,
Éditions Ouest-France, 2008.
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