オンライン授業/西ヨーロッパ地域研究A「ラングドック・ルシヨンの歴史と文化」

第10回/7月28日(火)
ラングドックにおけるワインの歴史:古代から現代まで         
 
(※ページの画像がうまく読み込まれない場合は、再読み込みすると、ちゃんと表示されると思います)
 


     


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【年表】(近代~現代のみ)
1863年  害虫フィロキセラの被害が初めてガール県で発生。
1880年頃  フィロキセラの被害、フランス全土に拡大。
1885年~ アメリカ産品種とフランス産品種の接木によりフィロキセラ被害は収束へ。
1900年~ フランス国内産ワインの価格下落。
1907年  ラングドックでブドウ栽培者・ワイン生産者たちの反乱。
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①ラングドックにおけるワインの歴史/古代               


フランスにおけるワインの生産地として有名なのは、
上の地図(↑)にも記した、ボルドー、ブルゴーニュです。
両方とも歴史と伝統があり、しかも品質もよく、価格も高い高級品が多いです。
日本でも1本数千円から数万円くらい普通です。

ブルゴーニュのロマネ・コンティ
なんて、1本200万円とか300万とかします。
クルマが1台買えてしまいますね。


ネットで見つけた「ロマネ・コンティ」。なんと1本546万円(!)。送料は無料です(笑)。


そうした高級ワインに対して、
南フランスのローヌやプロヴァンス、ラングドックなどのワインは、
価格も庶民的で、それなりに味も良いので、
庶民のテーブル・ワインとしては人気があります。
ローヌで一番有名なのは
「シャトーヌフ・デュ・パープ」(Châteauneuf-du-Pape)です。
数千円程度から高いものだと数万円とかしますが、
それでも1本ウン百万もするブルゴーニュに比べれば、まだ庶民にも手が出る範囲ですね。

シャトーヌフ・デュ・パープ(場所はアヴィニヨンの少し北)



ラングドックのものは、赤ワインだとグルナッシュやムールヴェードル、シラーといった
ブドウ品種を使ったものが多く、中には高級品もありますが、
全体的にさらに価格も安くなり、庶民度がアップします。
ブルゴーニュだと独特の味わい深い
酸味が特徴ですが、
ラングドックのものは、
辛口のものが多くなります。
単独で飲み続けるのはちょっとキツイかも知れないものもありますが、
肉料理などと一緒に飲むにはちょうどいいかも知れません。


◆さて、ここから歴史の話になります。
南フランスでは、ぶどう栽培とワインは、
古代ローマによって大々的にもたらされました。
まずイタリア方面からの
交易によるワインの輸入が行われました。
ワインは
「アンフォラ」と呼ばれる陶器製の細長い壺に入れられて
船などで運搬されてきました。

船底にずらり並ぶワイン運搬用の「アンフォラ」(Musée archéologique de Lattes, 2018.5.30)


またガリア(今のフランス)に届いたワインは、
多くの場合、何倍もの
水で薄め、時にはハチミツを入れたりして甘くして飲んでいたようです。

古代ローマの入植と支配が進につれて、紀元前1世紀頃からガリア(フランス)では、
ラングドックで最初に
ブドウ栽培が広がりました。
紀元1世紀になると、それが東へはプロヴァンス、西へはボルドー方面へと広がりました。

遠くから地中海交易で輸入する必要がなくなると、船で運搬するための「アンフォラ」は
次第に使われなくなり、その代わりに
「樽」が用いられるようになります。

下の彫刻(↓)は、古代ローマ時代、紀元2世紀の南フランスのもので、ワインの樽を船に乗せて
人がそれを引っ張りながら河川をさかのぼって運ぶ様子を描いています。

アヴィニヨンの碑文博物館(Musée Lapidaire d'Avignon, 2005.3.9)



②ラングドックにおけるワインの歴史/中世               

ワインは飲む喜びを人々に与えただけではありません。
ブドウ自体が生活や文化に浸透し、古代の後、中世になると、
キリスト教の教えとも合致して、自然の豊穣や、
死後も続く永遠の生などを表すようになります。
亡くなった人の墓の石棺にも、永遠の生を表すブドウのたわわなツルと実が彫刻されます。
また教会を飾る彫刻などにもそれが現れます。

4世紀頃の石棺。ベジエのビテロワ博物館(2018.5.26)

 
6世紀頃の石棺(ニームのロマニテ博物館、2019.2.20)。       9~10世紀頃の石棺の断片(同)。


ヴェゾン・ラ・ロメーヌ(プロヴァンス)、サン=クナン礼拝堂の壁に埋め込まれた7世紀の石棺彫刻(2019.2.13)


中世において、ブドウ栽培とワイン生産を行ったのは、
もっぱら
修道院の修道士たちでした。
そもそもキリスト教では、ミサの聖餐式で
「キリストの血」であるワインを飲みます。
また修道士たちが作る上質のワインは、その修道院に
収益をもたらしました。
修道院では食事の時にワインが出ました。
しばしば飲み過ぎて
酔っ払う修道士もいたそうです(笑)。

ワインを盗み飲みする修道士(13世紀、北フランス。Aldobrandino of Siena, British Library)


ラングドックでワイン生産を行っていた有名な修道院としては、
例えばエロー県のモンペリエとベジエのちょうど間にある
シトー派の
「ヴァルマーニュ修道院」(Abbaye de Valmagne)があります。
1139年に、ベジエの領主(副伯)レモン・トランカヴェルによって創建された古い修道院です。
このレモン・トランカヴェルは、第8回「異端カタリ派とアルビジョワ十字軍」の
「ベジエ大虐殺~カルカッソンヌの戦い」で登場した
レモン・ロジェ・トランカヴェルの祖父にあたります。
この修道院が所有するブドウ畑は、
ラングドックの中でも最も古いもののひとつです。
今でもそこで収穫されるブドウから上質のワインが作られています。
 
ヴァルマーニュ修道院。教会の中には両側に大きなワインの樽が並んでいる(2006.3.6)。

←この写真はWEBから

2006年に訪れた際に、このヴァルマーニュ修道院の赤ワインを、
自分用に1本、知人へのおみやげ用に1本買ったのですが、
あまりに美味しくて、2本とも自分で飲んでしまいました(笑)。
1本2000円を切るくらいのお値段でした。
残念ながら、日本には入ってきていないようです。



③ラングドックにおけるワインの歴史/近代               
ラングドック地方のワイン生産における大きな危機が19世紀に起こります。
それは
害虫の「フィロキセラ」です。
この害虫は、ラングドックのみならず、フランス全土のブドウ栽培とワイン生産に壊滅的な被害を与えました。
「フィロキセラ」とは、別名「ブドウネアブラムシ」と言って、文字通り、
ブドウの樹の根っこや葉に寄生して
樹液を吸い取るのです。
そうすると
根っこや葉にコブが出来て、ブドウの樹は衰弱して枯れてしまいます。

  
フィロキセラ                    ガール県のピュジョー村


この害虫の被害が最初に現れたのは
1863年、ラングドックのガール県東部、
ピュジョー(Pujaut)という村のブドウ畑でした。
ここのワイン生産者が、アメリカからブドウの苗木を輸入して自分の畑に植えたのですが、
その輸入した苗木にアメリカ原産の害虫フィロキセラが付いていたのです。
その苗木を植えた畑のブドウはどんどん枯れ始め、それがあっという間に周囲に広がっていきました。

被害は南フランスだけに留まらず、1870年にはボルドー、1880年頃にはブルゴーニュとロワール地方、
1890年頃にはシャンパーニュとオーヴェルニュに広がります。
フランスではブドウ畑は
ほぼ全滅に近い状態まで被害が蔓延しました。
その後フィロキセラはスペイン、イタリア、ドイツへと拡大し、
何と1882年には
日本にまで上陸しています。

前回(第9回・7月21日)で扱った「スティーヴンソンのロバの旅」でも
彼の旅行記
『旅はロバをつれて』の中にこのフィロキセラの話が出てきます。
彼がロバと一緒に行ったセヴェンヌ地方の徒歩旅行は1878年のことなので、
まさしくこのフィロキセラの被害がフランス中に広がっている真っ最中のことでした。

  「この近在[サン・ジャン・デュ・ガール]の葡萄畑は
フィロキセラが荒らしまわっている。
  ところで、朝早く、川ぶちの栗の木の下で、私は一団の男たちがリンゴ汁プレス器で
  何かやっているのを見つけた。最初、私は彼らがどうしてそんなことをするのか判らなかった。
  で、一人に説明を求めた。
  『リンゴ酒を作ってるんでさ。そうさ、そんなことさ。北の方と同じことでさ。』とその男はいった。
  彼の声には何やら皮肉な調子があった。
この地方も次第に衰えて行くのである。」
   (スティーヴンソン『旅はロバをつれて』小沼丹訳、みすず書房、168頁。訳文一部改変)

ここで「リンゴ酒」が北の方と同じ、というのは、北フランスのノルマンディー地方あたりで
リンゴ酒「シードル」などがよく飲まれることを指しています。

また下の絵(↓)は、後期印象派の画家
ゴッホの「赤い葡萄畑」(1888年)です。
パリから南仏のアルルにやって来てすぐくらいに描かれた作品です。
夕日の太陽が輝く中でブドウの収穫をする光景ですが、
ブドウ畑が赤いのは、完熟した黒ブドウの収穫を行なっているからだとか、
沈みつつある夕陽を浴びているから、などと言われますが、
実は
ブドウの樹がフィロキセラにやられた影響なのではないかとも言われています。

ゴッホ《赤い葡萄畑》(La Vigne rouge, 1888)モスクワ・プーシキン美術館所蔵。



1870年代後半、
アメリカ産のブドウ品種には
フィロキセラに対する耐性・抵抗力を持つことが分かってきます。
しかしアメリカ産のブドウ品種をそのままフランスのブドウ畑に植えても、
そこからできるワインの質は決して良くはありませんでした。
そこでフィロキセラに耐性を持つアメリカ産のブドウの樹を
台木として、
そこに
フランスのブドウの樹を接木をする方法が考案されます。
接木されたフランスの品種は、従来のものと同じブドウをつけたので、
そこから出来るワインの質も従来のものとやはり同じでした。
1885年以降はこのやり方が広がり、ようやくフィロキセラの被害は収まったのでした。


④ラングドックにおけるワインの歴史/現代・ワイン生産者たちの反乱(1907年) 
19世紀後半に、害虫フィロキセラによって、壊滅的な被害を受けたフランスでは、
ワインの生産量が一時的に減少したため、
外国からのワインの輸入量が急増しました。
どこから輸入されたのかというと、フィロキセラの被害が現れるのがフランスよりも遅かった
イタリアやスペインでした。
また1890年あたりからフランスの植民地であった
アルジェリアからの輸入量が増大しました。
輸入ワインが増えるとともに、水で薄めたり、砂糖その他いろいろなものを混ぜた
「偽造ワイン」も出回りました。


アルジェリアのオラン港からフランスに向けて輸出されるワイン


そこに1890年代になって、フィロキセラ被害から立ち直ったフランス国内のワイン生産量が増加します。
しかも豊作が続いたこともあって、
ワインは生産過剰となります。
生産過剰の国内のワインに加えて、大量の輸入ワインや偽造ワインが市場にあふれるわけです。
しかもそうした輸入ワインや偽造ワインは、国内生産ワインよりも
価格がうんと安かったのです。
そうすると、いったいどうなるか。

必然的に、価格の高い国内ワインは
いくら作っても売れなくなるわけです。
手間ひまかけて生産したワインでも、価格を下げないと売れない。
1900年頃からワインの価格が下がり始めます。
ラングドックでも、いやラングドックでこそ、それがひどかったのでした。

ボルドーやブルゴーニュなどの、伝統と格式と高品質を誇る「ブランド」地域のワインは、
多少高くても売れるのです。
しかしそうした地域よりも味やブランド力でどうしても劣る中途半端なラングドックのものは、
いくら自然で混じりけのない純粋なワインだと宣伝しても、
価格の安い輸入ワイン・偽造ワインには、とても太刀打ちできません。
いくら値段を下げても売れなくなり、
売れ残りの在庫を山のように抱えて倒産、
といった事態になります。
中にはせっかく作ったワインを下水に流して捨てる生産者までいました。
それでも
税金は支払わなくてはなりませんでした。
かくしてブドウ栽培業者・ワイン生産者の借金と貧窮の深刻化が進みました。
そうした事態に対する地方当局および国の無策も露呈されます。


失業したブドウ栽培労働者たち


◆ブドウ栽培・ワイン醸造家の反乱(Revolte des Vignerons)


1907年の春、ラングドック各地の都市で、
ブドウ栽培業者、ワイン生産者たちの大規模集会が起こります。
彼らの要求は、自分たちのワインの大量在庫の原因となっている
輸入ワイン、偽造ワインを排除することでした。

集会の主導者は、オード県のワイン醸造業者

マルスラン・アルベール
(Marcelin Albert)でした。

5月5日、ナルボンヌでの集会参加者は5万人以上。
5月12日、ベジエで15万人の集会。
5月26日、カルカッソンヌで22万~25万人の集会。
6月2日、 ニームで30万人の集会。
6月9日、モンペリエで50万人(一説では80万人)の大抗議集会。
     これは第三共和政下で最大の抗議集会。
6月10日、ナルボンヌ市長で社会主義者であった
     
エルネスト・フェルル(Ernest Ferroul)の主導により、
     税金の支払い拒否と442もの自治体の首長(市長や村長たち)が辞職を表明。

    
1907年6月9日のモンペリエでの抗議集会。マルスラン・アルベール(A)とエルネスト・フェルル市長(F)。左は拡大。

  
ナルボンヌでの抗議集会(5月5日)               モンペリエ(6月9日)


激化する南フランスでの抗議集会の動きと社会不安の拡大に危機感を感じた、
時の
フランス第三共和政政府首相クレマンソー(Georges Clemenceau)は、
軍隊の出動を命じてこのブドウ栽培者・ワイン生産者の「反乱」を鎮圧することにします。
6月19日、これら抗議運動の主謀者たちを逮捕しました。
そしてナルボンヌでは
騎兵隊が民衆を攻撃し、騎兵隊の発砲によって、
6月19日から20日にかけて、6名の死者と数十名の負傷者が出ました。
エルネスト・フェルルも逮捕されました。

  
首相クレマンソー             6月19日にナルボンヌに出動した騎兵隊


軍隊では、6月20日、アグドに駐屯していた
第17歩兵連隊(地元のブドウ栽培業者の子弟などが兵士に多かった)で
上官の命令に対する拒否が起こり、500名近い兵士が南フランスからの配置転換命令を無視して
ベジエの街に向かい、
民衆と手を握ったのです。
 
              異動命令を拒否してベジエの街に入った第17歩兵連隊の兵士たち


こうしてラングドックにおけるブドウ栽培業者・ワイン生産者たちの反乱が最高潮を迎えるのですが、
首相クレマンソーは、反乱の主謀者であるマルスラン・アルベールを懐柔し、
反乱のキバを抜く一方で、
偽造ワイン製造に必要な砂糖の税額を引き上げて、偽造ワインを作りにくくするなどの手も打ちます。
またワイン生産における
不正行為の防止と収穫の申告を義務づけた法律なども制定されました。

反乱側も、これ以上事態を悪化させないために
抗議集会を沈静化させます。
1907年9月には、ナルボンヌ市長を辞職したエルネスト・フェルルを会長にして
「南仏ブドウ栽培者総連合」(Confédération générale de vignerons du Midi/CGV)が
結成されました。
そしてこの組織が、
ワインの価格と不正行為を監視することとなったのでした。
(なお現在では、フランスワインはすべて「原産地統制呼称(AOC)」の制度によって
品質保証とラベルの不当表示禁止を行っています。)


上官の命令に背いてベジエの街で民衆と合流した
第17歩兵連隊の兵士500名は、
その後アフリカのチュニジアに異動させられてしまいました。
そしてドイツとの間で第1次世界大戦が始まると、今度は最前線に送られたのでした。

1907年のワイン生産者たちの反乱は、単に地方の騒乱に留まらず、
第三共和制下のフランス全体を揺るがせるものでした。
国内ではさまざまな党派が勢力争いを繰り広げ、
国外ではドイツとの間で紛争が一発触発状態でした。
クレマンソーは、南仏での反乱という危機をなんとか乗り切ったのでした。
ラングドックのワインもまた、とりあえずその危機を乗り切りました。

しかし
本当の危機は、その数年後の1914年、
第1次世界大戦
という形でフランスを襲うことになります。




       

⑤ちょっと長いオマケの話/ワインの味わい方(20歳以上の人へ)     
ワインの味わい方は、人それぞれであると思います。
個人の好みというのがとても大きな要素です。
女子はとくに甘い味のお酒が好きな人が多いと思います。
甘いのがいい人は、フランスものではなくて、
ドイツの白ワイン(モーゼルやライン)あたりがオススメです。
でも年齢とともに、甘くない本当のワインの味も分かるようになります(多分)。

ワインはどれが美味しくてどれが美味しくないかは、実は最初のうちは
なかなか分かりにくいと思います。

すばらしい美味しいワインの味とは、どんな味なのか、
ということを
手っ取り早く知る方法があります。
コンビニで1本500円くらいの安いやつを買ってきます。
そして今度はデパートの高級食品売り場のワインコーナーあたりで
1本2~3万円くらいのものを買ってきます。
そして
同時に抜いて、並べて飲み比べればいいのです。
そうすると「ははぁ~、美味しいワインというのはこういうことか」と分かると思います。

ただし、もしも500円のワインと3万円のワインを飲み比べて、
「なんだ、500円のやつの方が美味しいじゃん!」なんてことになっても、
私は責任は負いませんのでお許し下さいね(笑)。

1本2~3万円なんて無理だ、という人は多いと思います。
でも、フランスのワインの味は、残念ながら、
お値段に比例します。

日本で売ってる数千円程度のフランス・ワインは、概してやめた方がいいと思います。
とりわけフランスのブルゴーニュあたりのもので中途半端に数千円だと、
ハズれてがっかりすることがしばしばです。
ボルドーのものだと、数千円だと大当たりはしないけど、大ハズレもしないかも知れません。
(あと、作られて5年くらいまでのものがいいでしょう。日本で10年とか保存されているものは、
往々にして劣化しています)

同じ数千円出すなら、
第三世界(チリとかアルゼンチンなど)
アメリカのカリフォルニアのものなどの方が、ハズレが少なくて美味しいと思います。
でなければ、南フランスの、それこそラングドックとかローヌのものが、
比較的ハズレは少ないです。
スペインやイタリアのものは、完全に個人の好みの世界です。


その昔、私はコンビニで売ってる
900円のチリワインにハマッたことがあります。
一時期、そればかり飲んでいました。ホントに美味しかった。
完全に自分の好みにピッタリとフィットしてました。
コンビニで個人注文して
「ダース買い」とかしました(コンビニの店長があきれてました)。
でも、2年くらいたつと、その銘柄は味が変わってしまいました。
同じ銘柄でも、生産された
年によって全然違うのですね。
その後、そのチリワインの味は元には戻りませんでした。
ワインとは、なかなか難しいものです。

赤ワインは、それだけを単独で飲み続けるというよりも、
やはり
肉料理やチーズなどと一緒に飲むのがいいと思います。
私でも赤をそれだけで飲み続けるのは、よほどでない限り、ちょっとキツイです。
スーパーで細長い三角に切ってあるフランスの
「ブリーチーズ」などを買ってきて、
それを口に入れて飲み込む前に、赤ワインを口に含み、
まるで絵の具を水で溶かすようにして、
口の中でチーズを赤ワインで溶かすようにして味わうと、
それはもう、すんばらしい
至福の時を味わえることでしょう。
「ああ、赤ワインとチーズや肉というのは、本当に合うものなんだな」と分かります。


最後に、20歳になったらぜひ
「ロゼ・ワイン」の素晴らしさを経験して下さい。
しかもロワールとかボルドーの「ロゼ」ではなく、南仏プロヴァンスの「ロゼ」です。
薄いピンク色がとても美しいです。
プロヴァンスの「ロゼ」は甘くはありません。しかも辛くも酸っぱくもないので、
最初飲んだら
「なんだこれ、水みたい」と思うかも知れません。
しかしこのプロヴァンス・ロゼを
冷蔵庫で冷やして、お魚料理とかと一緒に飲むと、
もうヤミツキになります。

左端がロゼワイン。きれいなピンク色。


ただし「ロゼ」は日本ではなかなか売っていません。
フランス料理のレストランでも置いてあるところはまだまだ少ないです。
下の写真は、南フランス・モンペリエ郊外の大型スーパーのワイン売り場を撮影したものですが、
信じられないことに、
見渡す限りはるか彼方まで全部「ロゼ・ワイン」です(!)。
なんともすばらしい世界ですね(笑)。

Odysseum de Montpellier, 2019.2.22


この「西ヨーロッパ地域研究A」は、今回で授業のアップロードは最後となります。
下記の要領で
最終レポートを送って下さい。


★最終レポートについて★


 
第8回~第10回の授業の内容について、自分がその中で一番印象に残ったことや、
 重要だと思ったことは何か、そしてそこに、できれば自分の意見や感想なども付け加えて、
 400字以上~500字くらいまでで書いてメールで提出(送信)して下さい。
 ★最終レポートなので、これまでの小コメントよりも字数が少し多いです。

 ワードなどのファイルを添付するのではなく、
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 メールのタイトルは、必ず授業名、学生証番号、氏名を書いて下さい。
 例えば次のようにして下さい。
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 ★提出(送信)締切りは、
8月9日(日)の22時までとします。
 メールアドレスは、nakagawa@tokai-u.jp です。
 「@」の次は、「tokai-u」です。「u-tokai」ではないので注意して下さい。



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【第10回の授業の参考文献】
饗庭孝男編『ブルゴーニュ・歴史と文化』小沢書店、1998年。
柴田三千雄・樺山 紘一・福井 憲彦ほか編著『世界歴史大系/フランス史1・先史~15世紀』
                        山川出版社、1995年。
宮下志朗『エラスムスはブルゴーニュワインがお好き』白水社、1996年。
山本博『ワインが語るフランスの歴史』白水社、2009年。
渡邊昌美『フランス中世史夜話』白水社、2003年。
ジルベール・ガリエ『ワインの文化史』八木尚子訳、筑摩書房、2004年。
ロジェ・ディオン『ワインと風土-歴史地理学的考察』福田育弘訳、人文書院、1997年。
E. ル・ロワ・ラデュリ『ラングドックの歴史』和田愛子訳、文庫クセジュ、白水社、1994年。
DION, Roger, Histoire de la vigne et du vin en France. Des origines au XIXè siècle,
                               CNRS Editions, 2010.
SAMSON, Charly, La Révolte des Vignerons dans le Midi viticole,
                     Les éditions de l'oeil du sphinx, 2018.
VALLÊE-ROCHE, Le Languedoc-Roussillon des origines à nos jours, Ouest-France, 2012.
WOLFF, Philippe, dir., Histoire du Languedoc, Éditions Privat, 1967.
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質問等は、メールで送って下さい。
また小コメントや最終レポートも、やはりメールで送って下さい。
nakagawa@tokai-u.jp

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