ヨーロッパ・アメリカ学科特殊講義
アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』とキリスト教・最終回(1月17日)



※新型コロナ(オミクロン株)感染者急増により、大学からオンラインにするように指示がありました。
したがってこの最終回のみですが、オンライン(オンデマンド方式)とします。
このWEBページを閲覧して下さい。
いつものようにエヴァの動画や、いつくかの映画の一部分を見ていただく予定でしたが、
残念ながら今回は動画はありません。画像のみとなります。あらかじめご了承下さい。


最終回は、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』における「人類補完計画」と、
キリスト教の旧約聖書『創世記』に登場する「大洪水とノアの箱舟」の物語についてです。

1.アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』における「ノアの箱舟」         
まずアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に出てくる
「人類補完計画」について見ておきましょう。
まずアニメ全体の前提として、「ファーストインパクト」「セカンドインパクト」という
2つの言葉がしばしば登場します。

 ファーストインパクト
 巨大衝突によって月が形成されたとする説。
 約40億年前落下してきた天体が地球に衝突し、その衝撃で地球から月が分離した。

セカンドインパクト
 2000年9月に全地球規模の危機をもたらした隕石衝突(南半球で約20億人の死者)。
 その直後に世界紛争が起こり、新型爆弾により東京は壊滅(50万人の死者。世界の人口は半分に)。
 神奈川県箱根に第3新東京市が建設され、使徒の攻撃に対処する特務機関NERV(ネルフ)本部が
 置かれた。

      
                 
2つの「インパクト」(イメージ)

この2つの「インパクト」は、地球規模での危機を人類にもたらしました。
膨大な数の人間が犠牲になっています。
さらに「サードインパクト」なるものが予想されます。これも地球規模での大惨事です。

 サードインパクト
 ファーストインパクト、セカンドインパクトに続き、使徒とアダムの接触によって起こるとされる
 地球史上三度目の大惨事。
 この最後の悲劇を未然に防ぐための組織がゼーレおよびネルフだとされてきたが、ゼーレは
 人類補完計画を遂行するための契機としてEVA初号機およびエヴァシリーズによって
 サードインパクトを発生させた。

しかしどうやら「サードインパクト」は未然に防ぐべきものではなく、むしろそれを利用して
「人類補完計画」を完成させるものであるようです。

 人類補完計画
 ゼーレの指導のもとに「死海文書」の記述に従ってネルフが進めてきた「E計画」「アダム計画」を
 含む3つの計画のうち、最も重要とされる計画。
 「サードインパクト」を発生させることによって、人々の個体生命の形を消し去り、出来損ないの
 群体である人類を完全な単体としての生物へと人工進化させることを目的とする。
 ゼーレの当初の計画では、リリスとロンギヌスの槍を用いて行なう予定であったが、ゲンドウの
 密計によって槍が失われてしまったため、リリスの分身であるEVA初号機を用いて行なわれた。

この3つの「インパクト」および「人類補完計画」についても、アニメの中ではていねいに
説明されることはありません。
なんとなくそういったものがあって、エヴァの物語が進行しているんだ、くらいの説明しかありません。
でもとにかく3つの「インパクト」は地球規模での大惨事で、人類全体が大いなる危機に陥り、
実際に大変な数の人間が滅びるようです。
しかしその大惨事の後で、「人類補完計画」なるものにしたがってごく少数の者がEVAを用いて、
新しい人類の創造が試みられる、というストーリーのようです。

この「大部分の人類の滅亡」(人類のリセット)→「新しい人類の創造」(再生)という
ストーリーの大きな骨組みは、
キリスト教の
旧約聖書『創世記』で語られる「大洪水とノアの箱舟」の物語と、
非常によく似たものとなっています。


『創世記』では、大部分の人類が神の起こした大洪水によって滅ぼされ、
ノアとその家族だけが生き延びて、新たな人間の歴史を始めるのです。
その際、ノアは大きな「箱舟」を建設し、それに乗って大洪水の災害から逃れるのですが、
アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の劇場版である
『新世紀エヴァンゲリオン(NEON GENESIS EVANGELION)vol.10/Airまごころを、君に』では、
実際にゼーレが、人類補完におけるEVA初号機の役割を次のように
「箱舟」と表現しています。

 碇ゲンドウ「人は新たな道へと進むべきなのです。そのためのエヴァ・シリーズです。」
  ゼーレ 「われらは人の形を捨ててまで、
エヴァという名の箱舟に乗ることはない。」
      「これは通過儀式なのだ。永続した人類が再生するための。」
      「滅びの宿命は、新生の喜びでもある。」
      「神も人も、死をもって、やがて一つになるだろう。」
      
(『新世紀エヴァンゲリオン(NEON GENESIS EVANGELION)vol.10/Airまごころを、君に』より)

         
                    
ゼーレ


2.旧約聖書『創世記』におけるノアの箱舟の物語               

次に、キリスト教の旧約聖書『創世記』に登場する「大洪水とノアの箱舟」の物語
について見ておきましょう。
以下は、そのおおまかなあらすじです。

ノアはアダムから10代目にあたる子孫である。
ノアの時代、地上は人間の悪で満ちていた。
人間を創造したことを悔やんだ神は、大洪水によって大地を一掃し、地上から滅ぼした。
しかしその際に神は、義人・信仰の人であったノア(その時600歳)に、
7日間で箱舟を建造するように命じてその家族と鳥獣の全種に洪水の難を逃れさせた。
大雨は40日40夜続き、箱舟に乗っていたノアたち以外の地上の生物は死に絶えた。

40日後、雨がやみ、水が引くと箱舟はアララト山の山頂に止まった。
ノアはカラスを放ったが、とまるところがなく帰ってきた。
さらにハトを放したが、同じように戻ってきた。
7日後、もう一度ハトを放すと、ハトはオリーブの葉をくわえて船に戻ってきた。
さらに7日たってハトを放すと、ハトはもう戻ってこなかった。

ノアとその家族、そして生き物たちは地上に降り立った。
洪水の後、神はノアと3人の子供を「産めよ、増えよ」という言葉で祝福し、
彼らから全人類が地上に拡がることになる。
神はまたノアと契約を立て、二度と洪水によって肉なるものが滅ぼされることはないと約束し、
契約のしるしとして雲のなかに虹をかけた。
ノア自身はぶどうを栽培する農夫として950歳まで生きたという。
                          (旧約聖書『創世記』第5章28-第9章17)


「ノアの箱舟」は、箱舟は長さが約133メートル、幅22メートル、高さ13メートルとされています。
そしてそれは、中世以来、さまざまな形で図像化されてきました。
例えば下の絵は、イタリア・シチリア島にあるモンレアーレ大聖堂の身廊アーチに見られるモザイク画です。
ノアが動物たちを、自分が作った箱舟に乗せています。
舟の上には木で作られた建物が乗せられていて、ノアの家族の顔がその中に見えます。




(↑)13世紀に来たフランスで描かれた細密画。舟と言うより、建物です。
 ノアが窓から放ったハトがオリーブを加えて戻ってきています。


(↑)12世紀後半のカタルーニャの柱頭彫刻で、
パリのクリュニー国立中世博物館が所蔵しています。
船体の上に大きな建物が乗せられ、ノアがそこに動物を招き入れています。
建物は木が端正に編まれて出来ていることが、細かく彫刻されています。



(↑)パリ、サン=テティエンヌ=デュ=モン教会の16世紀のステンドグラス。
箱舟の上にさまざまな動物たちが乗っています。
小さくて分かりにくいですが、画面の右上にオリーブをくわえたハトがいます。


(↑)イタリア・ヴェネツィアのサン=マルコ大聖堂の12世紀のフレスコ画。
地上から水が引いたことを確かめるために箱舟の窓からハトを放つノアです。


(↑)ウォルター・ワンゲリン『小説『聖書』旧約篇』の日本語版の表紙です。
ノアの箱舟に、さまざまな動物たちがミッシリと乗り込んでいます。
ノアは舟の舳先で前方を指さしています。


3.洪水伝説                               
さて、それではこのノアの箱舟の物語は、実際に本当にあった「史実」なのでしょうか?
あるいはやはり「伝説」、つまりは単なる「フィクション」だったのでしょうか?
ノアの年齢が「600歳」だったというあたりは、およそあり得ないことですね。
しかし洪水があったことは、全人類を滅ぼすほどの巨大な洪水ではないにしろ、
しばしば天変地異として起こったことは事実のようです。


◆メソポタミアの
シュメール人(紀元前3000年~2000年頃に活躍)に洪水伝説があったことは、
発掘された彼らの残した
楔形[くさびがた]文字で書かれた粘土板文書に見いだせます。

シュメール語の洪水物語(紀元前2500~2000年頃)
シュメールの神々が人間と動植物を創造した。そして天から王権が下り、メソポタミアに5つの巨大都市が建設された。
次に神々が全ての人間を滅ぼすために、地上に洪水を起こすことを決めた。
しかし知恵の神エンキがジウスドラだけに洪水が起こることを知らせた。ジウスドラは大洪水に備えて巨大な箱舟を準備した。洪水は7日7晩にわたって地上を覆い尽くした。
助かったジウスドラは神から永遠の命を与えられ、遠く海の彼方にあるディルムンという土地に住んだ。


◆シュメール人が紀元前2000年頃から衰退した後、
アッシリアやバビロニアのセム系民族
シュメール人の神話を継承し、アッカド語でそれを残しました。
(※アッシリア帝国は紀元前2000年前後~紀元前612/609年。)
有名なのは
『ギルガメシュ叙事詩』(紀元前1300~1200年頃)です。
新アッシリア時代のアッシュルバニパルの図書館から出土したもので、12枚の書版から構成されています。
洪水についての物語はその第11書板に記述されています。

ギルガメシュ叙事詩(紀元前1300~1200年頃)
神々は人間を滅ぼすために大洪水を起こすが、エアと呼ばれる神が事前にウタ・ナピシュティに警告し、1辺60メートルの箱舟の建造を提案した。ウタ・ナピシュティと彼の家族、動物たちはこの舟に乗って大洪水の難を逃れた。
ウタ・ナピシュティは洪水が引いて7日目に、最初にハト、次にツバメ、最後にカラスを放って水が引いたことを確かめた。

『ギルメガシュ叙事詩』では洪水の後で放たれるのは「ハト→カラス」という順番ですが、
旧約聖書『創世記』の「ノアの箱舟」物語では「カラス→ハト」と逆の順番になっているのが
なかなか興味深いところです。


(↑)洪水物語が記された『ギルガメシュ叙事詩』の第11書板。
   大英博物館所蔵。

このように古来から伝説として残されているように、古代のメソポタミアには洪水が多発しました。
洪水をもたらしたのは、メソポタミアを流れる
ティグリス川とユーフラテス川という2つの大河でした。
高校世界史の教科書にも出てくる有名な川ですね。
この2つの川は、特に春になると増水しました。
水源のあるトルコの山岳地帯で雪が解けるためで、時にそれが洪水をもたらしたのでした。



旧約聖書はパレスチナの古代イスラエル人のもとで成立しますが、
こうしたメソポタミア(アッシリアやバビロニア)の洪水の記憶が、上の地図の赤い矢印のように、
さまざまな形で次第に西のパレスチナ方面に伝わってイスラエルの伝説の中に溶け込み、
それが『創世記』の「大洪水とノアの箱舟」の物語となったのだと思われます。


4.ノアの箱舟は本当にあったのか?                       

さて最後に、「ノアの箱舟」が本当に実在したのかという問題があります。
「ノアの箱舟(方舟)」は、英語ではNoah's Ark、仏語ではArche de Noé、独語ではArche Noahです。
この「箱舟」は、『創世記』では、大洪水が引いた後、
「アララト山の山頂」にたどり着いたとされています。
「アララト山」とは、現在のトルコ東端からアルメニアにかけてそびえる5137メートルの高さを誇る山です。
下の地図の赤い矢印のところです。



                       (↑)アララト山

これまでも、このアララト山に調査団が派遣されたりして「ノアの箱舟」の残骸を探す試みが
繰り返されてきました。
「箱舟」らしきものの一部を発見したというニュースも時々流れたりします。
しかしながら、結局「箱舟」であることが確実視される遺物は、今のところひとつもありません。

(↓)下の写真のように、アララト山の近くにはまるで舟の形をしたような
土の盛り上がりを示す場所もありますが、残念なことにそれも空想の域を出ません。



さてそのようなわけで、
過去の人類の「リセット」→新たな人類の「再生」
というアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に出てくる「人類補完計画」の、
プロトタイプ(原型)のようなストーリーは、
はるか昔の古代メソポタミアから古代イスラエルの時代にまでさかのぼって
見いだすことが出来るのです。

新約聖書『創世記』が成立した古代イスラエルの人々は、アッシリアやバビロニアといった
メソポタミアの洪水伝説を吸収しました。
しかしメソポタミアの宗教は多神教です。古代イスラエルの人々は、それを一神教に変え、
その神の意に沿う信仰によって危機を乗り越え、ノアのように新しい歩みを再生させる教えを
『創世記』の中に組み込んだのでした。
その教えとは、未来を生きる正しき道は、神への信仰以外にはあり得ないのだという
思想だったのです。


ところで、私がこの「ノアの箱舟」ストーリーの中で一番感動的だと思うのは、
ノアたち以外の人類を滅ぼした神が、最後にノアに対して
「もう二度と人間を滅ぼすようなことはしない」
と約束し、その
「契約」の印として空に「虹」をかける場面です。
勝手に人類をほとんど滅ぼしておいて、今度は「二度としない」というのも
神もずいぶんと勝手なものだとは思いますが、
いずれにせよ、
美しい「虹」は、人類の希望の象徴でもあるのですね。
皆さん、今度空に架かる「虹」を見たら、神と人類の契約の証だというこの話を
ぜひ思い出してみて下さい。



本日は少し短めですが、
以上で特殊講義D「アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』とキリスト教のモチーフ」は終了とします。
最後の最後で、オンラインになってしまったことが残念でした。
(動画とかたくさん用意していたのですが……)


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字数は2000字以上です。
nakagawa@tokai-u.jp

コロナ騒動は、いつまでも続く無限地獄のようです。
春になったら少しは落ち着くのでしょうか?
皆さん、それまで感染に気をつけて、どうかよい春休みをお過ごし下さい。